日々是流流

“細工は流流仕上げを御覧じろ”~より善く生きるためのその時々の記録です。

子どもはいつから、ぴょんぴょん飛び跳ねなくなるのか?

昨日ある深夜番組で、済美高校出身の150kmを投げるお笑い芸人 ティモンディ高岸の密着の様子が放送されていました。
彼は自宅近くの公園で、よくトレーニングや壁に向かってのピッチングをしているそうですが、最近はテレビでの露出が増えているので、公園にいるとよく小さい子たちが集まってくるそうです。服装もオレンジ一色で目立つしね。

で、そのときの小さい子たちの様子を見ていると、ティモンディ高岸が話しかけると、手を叩きながらぴょんぴょんと飛び跳ねているのです

幼稚園とか保育園くらいの年齢の小さい子って、何かうれしいとか、楽しいと感じると、気持ちの高ぶりが自然と身体に出てしまうのか、よくぴょんぴょんと飛び跳ねますよね?!。

でも、ある段階でそういう子どもたちも、飛び跳ねるのをやめてしまいます。
それって、いつ頃で、何がきっかけかご存知ですか?

そんなにもったいぶる話ではないのですが笑、うちの子どもたちが小さいときに、おもしろい光景を目撃したので、今日はそのことを書いてみます。

 

子どもがいる親御さんにとって、小学校の運動会って結構大きなイベントじゃないでしょうか?

最近は学校によっていろいろ運営ルールが異なるようですが、うちの子どもたちが小学生の頃(10年程前)は、早朝から3つある小学校の入り口にパパたちが並び、7時の開門と同時に鬼の形相で猛ダッシュ!敷物を敷いて場所取りをするのが恒例行事でした(徹夜して並ぶような学校もあるようですが)。

一方でママたちは、せっせとお弁当づくり。運動会のお弁当はやっぱり張り切ってしまうものです!

なので、運動会が始まる頃には、一仕事を終えてすっかり疲れていたり・・・することもありましたが、そこはおもしろいもので、運動会の定番曲の1つ「クシコス・ポスト」がテテテ、テテテ、テテテテテ、テンとかかると、あっというまに気持ちが昂ってきます。

自分の子どもが出る学年はもちろん、カメラを持ってシャッターチャンスを狙ったり、かっけっこやリレーなどは声がはりさけんばかりの大声援をしたりといそがしいですが、他の学年の競技も、見ているだけで結構楽しめます。

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そして小学校の運動会、もう一つのひそかなお楽しみが、新一年生を見ること。新一年生はほんと初々しくて、子犬や子猫を見ているようで、自分の子でなくてもかわいい。
チェッコリの玉入れなんて、小さなおしりをふりふりして踊る姿はもちろん、がんばって玉を投げるんだけど全然入らないのもまた、かわいいものです。


ここでやっと、おもしろい光景の話に戻るのですが、みんなでわいわいお弁当を食べたあとの午後、1年生から6年生まで、全校生徒による大玉転がし競争が始まります。

当時は各クラス40人くらい、各学年5クラスあったので、4人×10列×6学年の大きなかたまりというか川が、校庭にずらーっと5つ並びます。
校舎側から見ると、左から右に順番に背が高くなっていくように児童が並びます。
そしてみんなが両手を上にあげ、その頭上を大きな玉を転がしていく。左右からは6年生が数人、サポートします。

競技が始まるのを見守っていると、ずらーっと並ぶ列の一番左側の小さいところだけが、なぜか上下に揺れ動いています。一年生だけが、その場でぴょんぴょん跳ねているのです。

おそらく、上級生のおにいさんおねえさんたちと一緒に、優勝をかけたたたかいをするんだ!と興奮しているのかもしれません。ほとんどの子がその場で休みなく飛び跳ねていました。

一方で、2年生から右側は誰一人として跳ねていませんでした。普通に競技が始まるのを、ただその場に並んで立って待っていました。


その光景を見て、愕然としました。
「小学校1年の9月から小学校2年の9月までの間に、これだけ多くの子どもたちが跳ねなくなるのか!」と。

小学校に入って、集団行動をするという教育を受けるとそうなっていくのかあと、目の前の光景を複雑な気持ちで眺めていました。

確かに街を歩いていて、その辺のビジネスパーソンがぴょんぴょん跳ねていたらこわいです。だけど、大人だってボーリングでストライクをとったりとか、好きな芸能人に握手してもらったとか(例えが貧弱ですみません(^^;)、なにかものすごくうれしいことがあったりしたら、ついつい手を叩きながら飛び跳ねてしまうことってありますよね?!そういうのが、その時期に失われてしまうのか、、、と。

以前プロセスワークの祖 アーノルド・ミンデル博士が来日したワークショップのときに言っていました。子どもが飛び跳ねるときのような、身体を突き動かしてしまうような「何か」が、とても大切なんだよ、と。


昨日の投稿の中で

「他人に迷惑をかけなければ、何をしようと個人の自由だ」という質問に対して、「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と回答した日本の若者は49.4%、韓国では20.7%

という調査結果を紹介しましたが、そのことから連想して、この「飛び跳ねストップ」の光景を思い出しました。

飛び跳ねることがやむことを、成長というのか、慣らされたというのか。
なかなか深いなあと思っています。


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●2/22(土)午後 「こじらせ自己啓発への処方箋」ワークショップ
http://world-cafe.net/event/post-129.html

「とことん、自分じゃない誰かになりきってみる」という体験を通して、自分を見つめ直していきます。